読者このまま続けたら、私はどうなるんだろう。
夫以外の人を好きになって、関係が続いている。夫の視線が、少しずつ気になり始めている。



不倫の末路を検索するのは、たいていそんな夜にひとりでいるときです。
私も関係が続いていたころ、「不倫相手 本気 見分け方」「不倫 奥さんと別れる 男性」と検索していました。出てくるのは「不倫は最低」の記事か、「運命の相手と結ばれました」の記事ばかりでした。
その間にある、生々しい体験談はどこにもありませんでした。だからこの記事では、W不倫がバレた私に起きたことを全部書きます。
先に結論です。W不倫が夫にバレた私の末路は、夫とも彼とも別れ、慰謝料約150万円を払い、会社も辞めることでした。
根拠になる私の数字は、次の4つです。
- 32歳で夫に知られ、33歳で調停離婚が成立(発覚から半年以上)
- 慰謝料は約150万円を私が負担(私の場合)
- 彼は離婚せず、離婚から8か月後に私から別れた
- 離婚から約1年後、同じ会社にいるのがつらく自分で転職した


バレた夜から転職までを、年齢と経過で並べると次のとおりです。
| 時期 | 私に起きたこと |
|---|---|
| 31歳の終わり | 職場の既婚の彼と関係が始まる(子どもは小1) |
| 32歳 | 洗面所に置いたスマホに彼から着信。夫に「男いるよね」と言われ、認める |
| その約1週間後 | スマホでカウンセリングを探す |
| 32〜33歳 | 数か月の話し合いが、毎回不倫の話に戻る |
| 33歳 | 私の側から調停を申し立て、調停離婚が成立 |
| 離婚から数か月後 | 彼の「今週末は家族で出かける」の電話のあと、キッチンの床で泣く |
| 離婚から8か月後 | 平日に彼と会い、私から別れを告げる |
| 離婚から約1年後 | 自分で転職し、彼と本当に終わる(34歳) |
あなたを責めるつもりも、止めるつもりもありません。見てほしいのは、恋愛が終わったあとも長く続く現実です。
発覚から彼と別れて転職するまでを、本人の私が順番どおりに書きます。慰謝料・養育費・年収も、私の場合の数字をそのまま出します。
水野 澪/W不倫離婚ノート 運営・執筆。
30代で、夫以外の既婚男性を好きになりました。夫に知られ、自分から調停を申し立てて離婚。今は小学生の子どもと2人で暮らしています。専門家ではありません。ここに書くのは、私がその時々に何を考え、何を使い、何を後悔したかです。
個人が特定されないよう、一部の設定を変えています。法律・お金の話は「私の場合」です。最新の制度は裁判所:夫婦関係調整調停(離婚)・法テラス・お住まいの自治体の窓口でご確認ください(免責事項)。
※個人が特定されないよう、一部の設定を変えています。
W不倫の末路は「夫とも彼とも別れる」だった|私に起きたことの全部


ダブル不倫の末路として私が想像していたのは、彼と一緒になることでした。実際は、夫とも彼とも別れました。
ここでは、どれくらいの時間がかかり、何を失ったのかを先にお伝えします。
バレてから離婚成立まで半年以上かかると覚悟しておく
夫に知られてから離婚が成立するまで、半年以上かかりました。その間、気持ちは毎日のように揺れていました。
最初の数か月は、2人の話し合いで離婚するつもりでした。夫も「わざわざ裁判所まで行くつもりはない」と言っていたんです。
離婚する方向は、夫も私も同じでした。それでも条件がまとまらず、私の側から家庭裁判所に調停を申し立てています。
私がたどった順番は、次のとおりです。
- 32歳:夫に知られる
- その後の数か月:2人で話し合うが、まとまらない
- 33歳:私から調停を申し立て、裁判には進まず調停離婚が成立
「バレたら即離婚」ではありません。バレた日から、長い話し合いの日々が始まります。
話し合いは、数日おきに同じ所で止まりました。末路の最初の姿は、この長い宙ぶらりんでした。
失ったのは夫・お金・子どもの暮らし・職場・彼の5つ
結果として、私が失ったものは5つありました。どれも、バレた夜には想像しきれていなかったものです。
| 失ったもの | 私の場合 |
|---|---|
| 夫 | 結婚して約10年。33歳で調停離婚 |
| お金 | 慰謝料約150万円を負担。引っ越しの初期費用で貯金も減った |
| 子どもの暮らし | 父親と一緒に暮らす家を、小2の子どもから奪った |
| 職場 | 離婚から約1年後、自分で転職した |
| 彼 | 彼は離婚せず、離婚から8か月後に私から別れた |
私は離婚して引っ越し、子どもの生活を変えて、慰謝料も払いました。一人で生活を始めても、彼の日常はほとんど変わっていませんでした。



私だけが家族を失ったように感じていました。
職場は、誰かに追い出されたわけではありません。同じ会社にいる限り彼と切れず、私が自分で出ていくことを選びました。
この5つのうち、あなたが失いたくないものはいくつありますか。夫・お金・子ども・職場・彼を、一つずつ数えてみてください。
数が多いほど、バレたときに崩れるものも増えます。私は5つ全部でした。
不倫がバレた夜の末路|否定しても夫はもう証拠を持っていた


不倫がバレる夜は、思っていたよりあっけなく来ました。どうバレたのか、夫が何を知っていたのかを書きます。
通知を隠していても彼からの着信でバレる
私はスマホの通知を、内容が表示されない設定にしていました。それで隠せていると、思い込んでいたんです。
ある夜、私は洗面所にスマホを置いたままにしていました。そのタイミングで、彼から何度も着信が入りました。
その夜、夫に言われた言葉は「男いるよね」でした。私は最初、否定しています。
夫の返事は「もう嘘をつかれるのが一番きつい」。その一言で、私は認めました。
血の気が引く、という感覚を初めて知りました。怖さと同時に、「もう隠さなくていい」という変な解放感もあったんです。



通知を消していれば大丈夫だと思ってた……
関係中、私は夫にも子どもにも嘘をついていました。「会社の人と食事」「残業」「友達に会ってくる」。
嘘をつくたびに、前についた嘘を覚えていなければいけませんでした。精神的に、かなり消耗しました。
子どもに「今日ママどこ行ってたの?」と聞かれるだけで、ドキッとしたこともあります。
隠し方の問題ではありませんでした。嘘をつき続けている限り、綻びはどこかから出てきます。
私の場合は、彼からの着信でした。どこから出るかを選べないのが、バレるということです。
夫が疑った時点で証拠はそろっていると思っておく
夫は以前から、私の帰宅時間やスマホの扱い方を不自然に思っていたそうです。あとで知ったのは、夫がすでに探偵に依頼し、証拠をそろえていたことでした。
夫が疑う言葉を口にしたなら、証拠はそろっていると思っておいた方がいい。否定しても、傷を深くするだけでした。
あの夜、私が怖かったのは次の4つです。
- 子どもを連れて行かれること
- 家を追い出されること
- 会社に知られること
- 彼にも全部知られること
どれも自分のことばかりで、夫の気持ちは入っていませんでした。
翌日、友人に電話して、泣きながら「全部バレた」と言いました。友人の返事は「今は彼じゃなく、まず夫と子どものことを考えて」でした。
怒鳴らずに泣いた夫の姿が一番こたえた
夫は怒鳴りませんでした。それが、逆に一番つらかったです。
リビングでしばらく黙ったあと、夫は「俺との11年って何だったの?」と言いました。交際から数えた年月です。
私は、何も答えられませんでした。
結婚して初めて、夫が泣くのを見ました。その瞬間に「私は本当にこの人を傷つけたんだ」と、現実になりました。
夫は、暴力も浮気もない人でした。その人を泣かせたのは、私です。
夫から一度、こう言われました。「相手と完全に切れるなら、子どものためにも考える」。
やり直す道を、夫は一度差し出してくれたんです。でも私は、彼を切れませんでした。
恋愛感情が一番強い時期に、ゼロにしろと言われてもできなかった。それが私の本当の姿でした。
バレた夜に、人生の全部を決めなくていい。私は恐怖と罪悪感と恋愛感情が混ざったまま、大きな決断をしようとしていました。
私が最初にしたのは、翌日に友人1人へ電話することでした。約1週間後には、スマホでカウンセリングを探しています。



バレた夜にしていいのは、話せる相手を1人決めることだけです。
離婚までの末路|話し合いが進まず自分から調停を申し立てた


別れること自体に、夫も私も反対していませんでした。それなのに話し合いは、何か月も前に進みませんでした。
条件の話は「不倫したくせに」で毎回止まる
揉めたのは、財産分与と養育費。夫には「不倫したのはそっちなのに、なんで財産を半分持っていく話になるの?」と言われました。
養育費でも、夫は「払わないとは言ってない」と言いました。それでも、月6万円を何年も払い続けると決めることには納得しませんでした。
「子どもにちゃんと会わせてもらえる保証はあるの?」とも聞かれています。私は私で、口約束だけで十何年も払ってもらえるのか不安でした。
話し合いが止まる流れは、いつも同じでした。
- 私が条件を口にする
- 夫「そもそも誰のせいで離婚することになったと思ってるんだ」
- 私は何も言えなくなる
- 数日後、また同じ所で止まる
条件を言うたびに、「不倫したくせに」と言われている気がしました。原因を作った私が財産分与を求めるのはおかしい、と自分でも思っていたからです。



した側が条件を言うなんて、図々しくない?
私も、そう思って黙っていました。でも黙っているかぎり、子どもの生活に関わる条件は何ひとつ決まりませんでした。
した側でも調停は申し立てられる
行き詰まった私に、友人が言いました。「話し合うたびに昔の話に戻ってる。間に人を入れた方がいい」。
自分から調停を申し立てたら、とも言われました。最初は、かなり抵抗がありました。
不倫した側が、家庭裁判所に申し立てる。「不倫した上に調停まで起こすのか」と言われるのが怖かったんです。
弁護士は、「不倫した側 離婚 弁護士」と検索して探しました。まず法律事務所の30分の無料相談をネットで予約し、別の日に60分の有料相談も受けています。
一番聞きたかったのは「不倫した私が、財産分与や養育費について主張していいんですか?」でした。弁護士は感情論ではなく、淡々と条件を整理してくれました。
正式な代理人としての依頼はしていません。相談で、条件の整理のしかたを教わった形です。
33歳のとき、私の側から夫婦関係調整調停(離婚)を申し立てました。不倫をした側の私の申し立てでも、調停は始まりました。
話し合いが止まったら、調停という場を使えます。裁判所の説明は次のとおりです。
離婚について当事者間の話合いがまとまらない場合や話合いができない場合には、家庭裁判所の調停手続を利用することができます。
申し立てに必要な書類や費用は、変わることがあります。最新は、裁判所の窓口で確認してください。
書類を出したあと、「本当にここまで来ちゃったんだ」と思いました。夫に通知が届くと考えるだけで、胃が痛くなるほどでした。
調停は「誰が悪いか」より条件を決める場だった
夫には「本当に調停までやるんだな」と言われました。私は「あなたと争いたいわけじゃない。でも2人だけだともう決められないと思った」と答えています。
前日は、ほとんど眠れませんでした。「不倫した女が取り分を要求しに来た」と調停委員に思われるのでは、と本気で怖かったんです。
実際の調停は、「誰が悪いか」だけを話す場ではありませんでした。一つずつ整理したのは、次の項目です。
- 預貯金
- お互いの収入
- 養育費の希望
- 面会交流
夫と直接向き合い続けなくていいことに、助けられました。「今日は養育費」「今日は財産分与」と、分けて考えられるようになったんです。
決めることは、進むほど増えていきました。
- 養育費の額
- いつまで
- 毎月何日
- 進学費用
- 習い事のお金
- 面会の回数
裁判には進まず、33歳で調停離婚が成立しました。申し立てたことは、後悔していません。



逃げるためじゃなく、条件をあいまいにしないために申し立てました。
話し合いが同じ所で止まり続けているなら、調停という場があることだけ覚えておいてください。申し立ての費用や必要な書類は、上の裁判所のページで確かめられます。
お金の末路|慰謝料約150万円と年収300万円台後半の暮らし


お金の末路は、慰謝料だけでは終わりませんでした。ここに書く金額は、すべて私の場合の数字です。
慰謝料は金額より「したことが数字になる」重さがこたえた
慰謝料は、夫から請求されました。金額そのものより重かったのは、別の感覚です。
自分がしたことが、数字になって突きつけられる感覚でした。離婚にまつわるお金を、私の場合で表にしました。
| 項目 | 私の場合 |
|---|---|
| 慰謝料 | 最初は200万円以上の話が出て、約150万円で合意 |
| 財産分与 | 預貯金と保険を分けた(賃貸・住宅ローンなし) |
| 養育費 | 月6万円(私が受け取る側) |
| 離婚当時の私の年収 | 300万円台後半 |
| 転職後の年収 | 400万円台前半 |
約150万円は、私の事情で決まった数字です。あなたの慰謝料の目安にはなりません。
慰謝料・養育費・親権の相談先として、法テラスがあります。私はあとから存在を知って検索しましたが、実際に使ったのは民間の法律事務所の相談です。
慰謝料と財産分与・養育費は分けて整理する
「不倫した側だから、財産分与は全部なくなる」。私は、そう思い込んでいました。
弁護士の相談で、分けて整理するものだと知りました。分けるのは、次の5つです。
- 慰謝料
- 財産分与
- 養育費
- 親権
- 面会交流
それまでの私は、全部を「私が不倫したから」の一言で片づけていました。
離婚後は子どもと暮らし、部屋を借り、生活費を払う。罪悪感だけで全部の条件を決めて大丈夫なのか、少しずつ怖くなっていきました。



慰謝料は慰謝料として払い、子どもの生活は別に決めました。
慰謝料と養育費を分けて調べるなら、法テラスのよくある相談が使えます。「離婚」「養育費・婚姻費用」「親権」「慰謝料」を、項目ごとに読める作りです。
参考:離婚・DV・恋愛トラブルに関するよくある相談|法テラス
金額や制度は変わることがあります。最新は窓口で確認してください。
引っ越しの初期費用で貯金は一気に減る
離婚して、私は子どもと新しい賃貸に引っ越しました。学区を変えないことを優先し、家賃はできれば7万円台までに収めたかった。
計算していたのは、家賃だけでした。実際には、次のお金が一気に出ていきました。
- 敷金・礼金などの初期費用
- 家具・家電
- カーテン・寝具
- 学校用品
- 住所変更の細かい出費
離婚当時の私の年収は、300万円台後半です。家賃・光熱費・食費を払うと、自由に使えるお金はほとんど残りませんでした。
当時の私は「月々黒字なら生活できる」と思っていました。本当に怖いのは、突然10万円、20万円が必要になる月です。
一番準備しておけばよかったのは、自分名義の生活防衛資金でした。最低でも、半年分の生活費は欲しかった。



慰謝料のことしか考えてなかった……
あなた名義の貯金で、何か月暮らせるか。慰謝料の話が出る前に、一度だけ数えておいてください。
子どもの末路|「パパとはもう住めないの?」と泣かれた


離婚で一番申し訳なかった相手は、間違いなく子どもです。親の恋愛の末路は、子どもの毎日にそのまま降りかかりました。
不倫のことは子どもに話さないと決めた
離婚を考えていたとき、最大の迷いは子どもでした。自分だけなら、勢いで離婚していたと思います。
子どもにとって、父親は父親です。



私が恋愛したことで、子どもの家までなくしていいのか。何度もそこで止まりました。
子どもには、こう伝えました。
「パパとママは別々のお家で暮らすことになった。でもあなたのパパとママであることは変わらない」
不倫のことは、話していません。
子どもは「なんで?」と何度も聞きました。そして「パパとはもう住めないの?」と泣きました。
子どもは当時、小学2年生でした。あの顔は、離婚から約2年たっても忘れられません。
「なんで?」に、本当の理由は答えていません。「私たち夫婦の問題に、この子を巻き込んだ」という感覚は、消えないままです。
親権は私・養育費は月6万円・面会は月2回ほど
私の場合の取り決めは、次のとおりです。
| 項目 | 私の場合 |
|---|---|
| 親権 | 私 |
| 養育費 | 月6万円 |
| 面会 | 基本は月2回ほど。学校行事などは柔軟に |
「離婚したんだから会わせない」は、したくありませんでした。子どもにとって、元夫は変わらず父親だからです。
離婚して初めて気づいたのは、時間の壁でした。子どもが熱を出したら、頼れるのは自分しかいません。
「2人いること自体が、生活の仕組みだった」。それを、ひとりになってから知りました。
「この子は本当は父親と暮らしたかったのでは」と考える日もあります。学校で父親の話になったとき、子どもがどう感じているのかも気になります。
親権や養育費の決まり方は、家庭ごとに違うものです。私の数字は私の場合として読み、最新は家庭裁判所や法テラスの窓口で確認してください。
子どもがいるなら、離婚後の1日を恋愛抜きで想像してみてください。朝起こす・学校・病院・宿題・食事・仕事・休日を、全部ひとりで回す姿です。
社内不倫の末路|噂になりかけ、最後は私が会社を辞めた


彼とは、同じ会社でした。社内不倫の末路は、関係が終わってからのほうが長く続きました。
「よく一緒にいるよね」は周りにバレかけのサイン
彼とは同じ会社で、部署は完全には同じではありませんでした。社内プロジェクトで一緒になり、毎日のように話すようになったのが始まりです。
同年代で、彼も既婚でした。仕事で顔を合わせるうちに、話しやすい人から好きな人に変わっていきました。
関係が続いていたころ、職場で噂になりかけました。「最近あの2人よく一緒にいるよね」という話が出ているのを、聞いてしまったんです。
身体が、すっと冷たくなりました。会社に知られることも、あの頃の私が怖かったことの一つだったからです。
私の場合、噂は「なりかけた」ところで止まっています。それでも、周りはちゃんと見ていました。



職場の人に、気づかれているのかな……
周りが「よく一緒にいる」と言い始めたら、それは隠し方を変える合図ではありません。関係そのものを、考え直す合図です。
それでも私は、関係を止めませんでした。その先に待っていたのが、この記事に書いている全部です。
離婚後も同じ会社で彼を見かけるのが一番きつい
離婚後すぐには転職せず、約1年は元の職場に残りました。収入を途切れさせるのが怖く、離婚直後に転職まで重ねる余裕がなかったんです。
関係中も、「もう会わない」と彼に言ったことは3回ほどあります。仕事で顔を合わせ、「大丈夫?」と一言LINEが来るだけで全部戻りました。
彼と別れたあとは、もっと苦しくなりました。職場でつらかったのは、次の場面です。
- エレベーターで一緒になる
- 社内チャットに彼の名前が出る
- 姿を見かけるだけで、気持ちが揺れる
離婚から約1年後の34歳で、私は自分で転職しました。
譲れない条件は、勤務地・残業時間・最低限の年収の3つです。
年収は、300万円台後半から400万円台前半になりました。
同じ会社にいる限り、彼とは完全には切れませんでした。転職して、ようやく本当に終わった感じがしました。



会社を辞めたのは、罰ではなく自分で決めた出口でした。
社内不倫なら、彼と別れたあとも同じ職場で働き続けられるか。一度だけ、具体的に想像してみてください。
ダブル不倫の結末|私は離婚し、彼は離婚しなかった


同じ立場の人から一番よく聞かれるのは、「彼は本当に奥さんと別れると思う?」です。私の答えは、私のダブル不倫の結末そのものです。
私が離婚しても、彼の生活は何も変わらなかった
彼は既婚で、子どもはいませんでした。関係中、彼は「好きだよ」「もっと早く出会っていたら」とは言いました。
「いつ離婚するの?」と聞くと、答えは曖昧になりました。「今は時期が悪い」「妻とはちゃんと話さないと」。
関係中、彼の奥さんのことは考えないようにしていました。考えると、耐えられなかったからです。
それでも心のどこかで、嫉妬していました。会ったこともない女性なのに、彼と暮らしているというだけで嫌いになりそうになったんです。



振り返ると、身勝手だったと思います。
私が離婚しても、彼は離婚しませんでした。心のどこかで「私がここまでしたんだから、最終的には彼も来てくれる」と思っていたんです。
離婚した直後、私は無意識に期待していました。「次はあなたの番だよね」と。
彼は、変わりませんでした。変わらなかったのは、次のことです。
- 会える頻度は、ほぼ同じ
- 週末は家庭で過ごす
- 長期休暇も家庭で過ごす
私だけが、全部を変えました。彼の側では、何ひとつ動いていませんでした。
私が知りたかったのは、「私を本当に好きか」より「私を選ぶ気があるか」でした。その答えは、彼の行動にずっと出ていたんです。
「いつか」を待つのは、彼の行動を見て終わりにする
離婚して数か月後、彼から電話で言われました。「今週末は家族で出かけるから連絡できない」。
電話を切ったあと、私はキッチンの床に座り込みました。「私は何のために全部壊したんだろう」と思いました。
別れの決定打になったのは、彼が家族旅行に行ったことです。彼が悪いというより、「私は何を待っているんだろう」と思ったんです。
離婚後の2人を並べると、差ははっきりしていました。
| 私 | 彼 | |
|---|---|---|
| 結婚 | 離婚した | 続いている |
| 住まい | 引っ越した | 変わらない |
| 週末・休暇 | 子どもと過ごす | 家族と過ごす |
「待っていれば、いつか」の「いつか」は、どこにも書いてありませんでした。家族旅行の話を聞いて、ようやくそれが見えたんです。
彼との終わりは、待つのをやめると自分で決めるしかない
離婚から8か月ほどたった平日、彼と会いました。私から「もう終わりにしたい」と言うと、彼は「急にどうしたの?」と驚きました。
私は、こう続けています。
「急じゃない。ずっと待ってた。でも私だけ人生が変わって、あなたは何も変わってない」
「責めたいんじゃなくて、このまま待つ自分をもうやめたい」
彼は「好きじゃなくなった?」と聞きました。私は「好きだから終わらせたい」と答えています。
彼は黙ったあと、「俺もちゃんと考えてた」と言いました。「その言葉をもう何回聞いたか分からない」と、私は返しました。
彼は最後まで、「絶対離婚するから待って」とは言いませんでした。そこが答えでした。
別れたあと1か月ほど、「大丈夫?」「話したい」「会えない?」とLINEが来ました。最初は、返信してしまったんです。
このままだと戻ると思い、「連絡しないでほしい」と伝えました。その後は、仕事上必要な連絡だけになっています。



嫌いになれたなら、簡単でした。
彼の言葉ではなく、行動を見てください。「絶対離婚するから待って」が一度も出ていないなら、それも一つの答えです。
気持ちの末路|離婚の日は解放感30%・不安50%・喪失感20%


離婚すれば楽になる、と思っていました。実際の気持ちは、もっと重たいものでした。
離婚した日は嬉しくなく、本当の底は数か月後に来た
離婚届が受理された日は、平日でした。役所を出て、近くのコンビニでコーヒーを買いました。
普通の人が、普通に歩いていました。「私の人生は今日大きく変わったのに、世の中は何も変わらない」と思ったんです。
その日の気持ちを割合にすると、次のとおりです。
| 気持ち | 割合 |
|---|---|
| 解放感 | 30% |
| 不安 | 50% |
| 喪失感 | 20% |
嬉しいとは、思えませんでした。半分は不安です。
本当の底は、離婚して数か月後に来ました。彼の「今週末は家族で出かける」の電話を切ったあと、キッチンの床に座って泣いた夜です。
その時期の目標は、4つだけでした。
- 眠る
- 食べる
- 仕事に行く
- 子どもの生活を崩さない
彼と別れても、嫌いになったわけではありません。数か月は、毎日思い出しました。
半年ほどたって、ようやく変わってきました。「会いたい」より「あの頃の私はかなり彼中心で生きていたな」と思える時間が増えたんです。
罪悪感は「人を傷つける選択をした」と言い換える
罪悪感は、離婚から約2年たっても消えていません。
昔は、「私は最低な人間だ」と考えていました。それを、「私は人を傷つける選択をした」と考えるように変えました。
似ているようで、私の中では全然違います。
ネットのQ&Aで、「子どもがいるのに母親失格だよ」という言葉を見ました。自分でも何百回も考えていたので、深く刺さったんです。
一番傷ついたのは、別の書き込みでした。「子どもがいるのに不倫する母親は子どもを愛していない」という意見です。
私は、子どもを愛していました。だからといって、不倫が許されるわけではありません。
この2つは、同時に存在します。
救われたのは、友人の言葉でした。「したことを肯定はしない。でも、それであなたの人生全部が悪い人になるわけじゃない」。
正当化されなかったから、かえって救われました。



過去は変えられません。でも自分を壊し続けても、子どもにも元夫にも何も返せない。
夫に知られた直後の32歳のころ、私はオンラインのカウンセリングで話しました。ビデオ通話で6回、合計6〜7万円ほどです。
そこで聞かれたのは、「彼を選ぶか、夫を選ぶか」ではありませんでした。「あなた自身はどんな生活をしたいですか」と聞かれ、最初は答えられませんでした。
自分を責める言葉が止まらないなら、言い換えてみてください。「私は最低だ」を、「私は人を傷つける選択をした」に。
不倫の末路を避けたい人へ|彼がいなくても離婚するか考える


不倫の末路を振り返ると、私は「好きになる」「関係を持つ」「離婚する」「彼と一緒になる」を一本道にしてしまいました。本当は、一つずつ立ち止まれました。
一度止まった方がいい6つのサイン
私の経験から、次のどれかに当てはまるなら、一度止まった方がいいと考えています。
- 「彼と結婚できるなら離婚したい」と思っている
- 彼から明確な行動がないのに、未来の約束だけを信じている
- 夫への不満より、彼への恋愛感情の方が離婚理由として大きい
- 離婚後の生活費を計算していない
- 子どもの生活を具体的に考えていない
- 「彼を失うくらいなら離婚する」状態になっている
6つのうち、いくつ当てはまりましたか。1つでも当てはまるなら、決める前に一度だけ止まってください。
中でも一番考えてほしいのは、「彼が存在しなかったとしても、離婚したいか」です。私はここを、もっと真剣に考えるべきでした。
関係中に打ち明けた、学生時代からの友人がいます。友人は「責めない。でも、彼が離婚する前提で人生を決めるのはやめた方がいい」と言いました。
当時は、冷たいと思いました。振り返ると、一番現実を見ていたのはあの友人です。
反対に、離婚を現実的に考えていい段階もあります。私の経験から挙げると、次の5つです。
- 彼が明日いなくなっても、結婚生活を終えたい
- 修復を試しても、気持ちが戻らない
- 住まい・仕事・生活費を現実的に考えている
- 子どもの生活に、具体的な案がある
- 「彼と一緒になること」ではなく「自分はどう生きるか」を考えている
5つそろっているなら、現実的に考えていい段階だと思います(私の経験では)。
彼と一緒になれるかどうかと、夫と離婚するかどうか。この2つを、分けて考えてください。
よくある質問
まとめ|不倫の末路は恋愛より長く続く現実だった
W不倫がバレた私の末路は、夫とも彼とも別れ、慰謝料約150万円を払い、会社も辞めることでした。
- 発覚から調停離婚の成立まで、半年以上かかった
- 慰謝料は約150万円、養育費は月6万円(私の場合)
- 彼は離婚せず、離婚から8か月後に私から別れた
- 離婚から約1年後、自分で転職して彼と本当に終わった
不倫中は、「彼と私」の2人しか見えなくなります。
でも離婚後の人生は、恋愛よりずっと長い。それを、離婚してから知りました。
離婚届を出した瞬間に、新しい人生がキラキラ始まるわけではありません。むしろ、そこから現実が始まります。
私は35歳、離婚から約2年です。子どもと2人で暮らし、再婚はしていません。
決める前に、「彼がいなくても離婚するか」を一度だけ考えてください。私が遠回りして見つけた、一番大事な分かれ道です。

